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東京地方裁判所 平成8年(ワ)21995号 判決 1998年3月03日

原告

内山慶彦

右訴訟代理人弁護士

鴨田哲郎

右訴訟復代理人弁護士

石川順子

被告

シンワ株式会社

右代表者代表取締役

内藤喜文

右訴訟代理人弁護士

高橋早百合

主文

一  被告は原告に対し、金五四万八五〇〇円及びこれに対する平成七年一二月九日以降支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、平成八年四月以降毎月二五日限り金六六万六一五〇円を支払え。

三  主文第一項と同じ。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、カーステレオの開発製造販売等を目的とする会社であるが、原告は、平成六年一二月二一日被告に雇用され、管理本部品質統轄部長として稼働してきた。

2  被告は原告に対し、平成七年一二月五日、周囲の人間とのコミュニケーション不足によるトラブルを理由として、平成八年三月三一日付けで普通解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

3  本件解雇当時の原告の賃金は、一か月六六万六一五〇円(基本給四九万九八〇〇円、役付手当一一万円、食事手当三〇〇〇円、家族手当一万二〇〇〇円、住宅手当一万円、通勤手当三万一三五〇円)であり、毎月二五日に支給されていた。

二  争点

1  原告の主張

(1) 被告の就業規則は、従業員の代表として志水真人の意見書を添付して労働基準監督署に届け出られているが、同人は総務課長の職にある者で従業員の代表としての資格を欠くから、同就業規則は労働基準法九〇条に違反して無効である。

(2) 本件解雇は、就業規則所定の解雇事由がなく、また、相当性を逸脱した解雇権の濫用であって、無効である。

(3) 原、被告間には、原告の年間賞与について基本給と役付手当の合計額の四・五か月分(夏二か月分、冬二・五か月分)とする旨の合意があったから、原告の平成七年冬季賞与は、基本給四九万九八〇〇円と役付手当一一万円の合計六〇万九八〇〇円の二・五か月分一五二万四五〇〇円であるが、被告は、同年一二月八日にうち九七万六〇〇〇円を支払った。

(4) よって、原告は、本件解雇は無効であるから、被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、被告に対し、平成八年四月以降毎月二五日限り平均賃金六六万六一五〇円並びに平成七年冬季賞与の残金五四万八五〇〇円及びこれに対する支払期日の翌日である同年一二月九日以降支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

(1) 原告は、被告の社内及び被告の中国における合弁会社である信華精機有限公司(以下「中国会社」という)に出張中、次のような行為を繰り返して行っており、これは被告の就業規則一七条三号の「仕事の能力が甚だしく劣るか、又は甚だしく職務に怠慢で担当業務をはたし得ないと認めたとき」又は同条六号の「その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき」に該当する。

ア 原告は、所定の出、退勤時刻を守らないばかりか、出、退勤時刻や外出先、外出時間を被告に連絡しない。また、休暇をとる場合、口頭で伝えるのみで、所定の書面による届出をしない。

イ 原告は、予め被告の了承を得ることなく被告の備品を購入し、仮払いして領収証を提出するのみで、被告にその説明をしたり、購入品を見せようとしない。また、海外出張中の「お客様接待」の費目やタクシー代、ホテル代の清算請求においても不明な点が多い。

ウ 原告は、自らの責任による仕事の遅れを中国人の通訳の責任に見せかけるような書類を通訳の名前で勝手に作成し、被告の役員に提出した。

エ 原告は、中国会社への出張時、ホテル代や理髪店の特別サービス代金を支払わなかったため、トラブルを起こしたのをはじめ、香港と中国会社間の片道三時間を要する車による送迎について、他の出張者に対する送迎時間に合わせず、独自の送迎を要求する、出社も必ず一時間ないし二時間遅刻する、夜一〇時過ぎまで工場にいた際、工場のシャッターが閉まっていたからといって、シャッターを壊して帰る、就業中、中国会社のファックスを使用して、近くのサウナ風呂に料金を下げるよう依頼文を出すなどすることから、中国人従業員が原告の出張を嫌がる状況にあった。

(2) 原告は被告に対し、平成八年三月四日、本件解雇を承認する旨の意思表示をした。

第三判断

一  地位確認等の請求について

1  本件解雇に至る経緯等について、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告(昭和二〇年一〇月一二日生)は、他の会社を退職後、人材紹介会社の斡旋により、被告の品質管理部門を強化するため採用されたものであるが、被告の本社内に新たに品質統轄部を設け、同部の部長として迎えられた。もっとも、品質統轄部の要員は原告一人のみで、部長の下に部下はいなかった。

(2) 被告の就業規則には、従業員の解雇に関して別紙のとおり規定されている。

(3) 原告には、被告の本社での勤務に関して次のような行状があり、被告の担当者において再三注意したが、容易に改めようとしなかった。

ア 原告の勤務時間は午前九時から午後五時三〇分までであったが、この出、退勤時刻を守らないばかりか、いつ出勤するか連絡することもしないし、外出するに際しても、行き先や所要時間を知らせずに出かけることが多かった。また、休暇をとる場合、口頭だけでは事務処理上支障があるので、必ず所定の書面による届けを出すよう指示されていながら、これに従おうとしなかった。

イ 原告は、自ら仮払いをして被告の備品を購入し、後に領収証を提出して代金を請求するのみで、被告にその内容を説明したり、購入品を見せようとしなかった。

ウ 海外出張中の旅費の清算手続において、「お客様接待」の費目やタクシー代、ホテル代としてかなり高額の請求をするが、被告から詳しい内容を問い合わせても納得のできる回答をしなかった。

(4) 原告は、平成六年一二月の採用直後から平成七年一二月まで合計八回にわたり中国会社に出張したが、その間次のような行状があり、現地の中国人従業員をはじめ被告の関係者をしばしば困惑させ、中国会社では原告の出張を嫌がるようになった。

ア 原告は、平成七年四月ころ、ホテルの宿泊料金をクレジットカードで支払おうとしたが、そのカードが利用できないとして断られたにもかかわらず、支払をしないまま出発しようとしたため、ホテルの従業員との間でトラブルが生じた。また、理髪店の特別サービス料金を支払わなかったとして、そこの従業員とトラブルになったこともあった。

イ 香港と中国会社との間は車で片道三時間を要する距離にあるが、原告は、他の出張者と時間を合わせてほしいと依頼されても聞き入れず、運転手に対して独自の送迎を執拗に要求した。

ウ 原告は、平成七年一〇月ころ、夜一〇時過ぎまで工場に残っていた際、シャッターが閉まっていたからといって、シャッターを足で蹴って壊し、開けて帰った。

エ そのころ、原告は、仕事の遅れを中国人の通訳の責任にし、あたかもその通訳が作成したかのような謝罪文を勝手に作成して、被告の役員に提出した。

オ 中国会社への出社も必ず一、二時間遅刻した。また、就業中、中国会社のファックスを使用して、近くの複数のサウナ風呂に料金を下げるよう依頼文を出すということもあった。

(5) 被告においては、原告の品質管理部門における専門的知識は被告にとって必要であるものの、原告の行状は、周りの者に迷惑をかけ、業務の遂行に悪影響を及ぼし、社員のチームワークを乱すので、何らかの処置をしなければならないということになり、平成七年九月七日、伊藤徹取締役・社長室長・小林正幸総務部長(以下「小林総務部長」という)らは原告と話し合いを行った。その席上、被告側の出席者から原告に対し、被告の一員としての自覚を持ち、被告の規則に従い行動すること、被告又は被告の関係会社あるいは取引会社の社員とは常に連絡を密にとりあい、他者の意見を十分に聞き入れて行動すること、他者とのコミュニケーション不足による他者への迷惑となる事項、又は被告の信頼が失われることとなる事項等が今後一切発生しないよう努力することなど注意を与えた。そして、同年一二月末までに原告の努力が認められず、又は現状が改善されない場合、あるいは実際に問題となる事項が発生した場合には、<1>原告の所属を総務部とし、総務部の管理のもと、被告及び被告のグループ会社全体の品質教育担当者としてのその業務を行うか、<2>翌年三月末日をもって被告社員の身分を廃し、四月から顧問契約として被告に貢献するか、そのいずれかにするよう申し渡した。

(6) しかし、その後も原告の行状は改善されず、周囲の人間とのコミュニケーション不足によるトラブルが一向に減少する気配がなかったことから、被告は、原告を平成八年三月末日をもって解雇し、翌四月一日から顧問として被告のグループ会社に貢献してもらうという方針を決定し、平成七年一二月五日、小林総務部長らが原告と面談した際、その旨通告した。これに対し、原告は、被告の顧問として働くことはやぶさかではないので、前向きに考えてもよいと答え、以後、顧問契約の内容について双方検討することになった。

その後、平成八年三月四日には原告から顧問契約書の私案が提示されたり、同月二六日には被告から対案が提示されたりしたが、顧問料等の点で大きな隔たりがあり、それ以上の交渉も行われないまま同月末日を迎えることになり、今日に至るまで顧問契約は締結されるに至らなかった。

以上の事実が認められ、(書証略)並びに原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はその余の前掲証拠に照らして信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右に認定した原告の行状の数々は、その一つ一つを個別に取り上げる限り必ずしも重大な不都合とはいえないものの、これを全体として見た場合、組織として活動している会社にとって決して看過することのできない事柄であるというべく、これは、被告の就業規則一七条三号所定の「仕事の能力が甚だしく劣るか、又は甚だしく職務に怠慢で担当業務をはたし得ないと認めたとき」に該当するか、少なくとも同条六号の「その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき」に該当するというべきである。

もっとも、原告の担当業務の中核をなす品質管理の分野においては、被告もその後顧問契約を締結してその専門的知識による貢献を期待していたように、原告は十分その職責を果たし得たことが窺われるけれども、それも組織においては他の人間とのかかわり合いのなかで所期の目的が達成できる筋合いである以上、被告が原告について従業員としての適格性に疑問を抱いたとしても無理からぬものがあるといえよう。したがって、このような事情も右の判断を左右するものではない。

3  そして、原告はいきなり被告の品質統轄部長として採用されたものであること、被告は原告に対し、その行状を改めるよう一定の猶予期間を設けて注意を促し、改善されない場合の措置についても予め告知して警告を発していること、本件解雇の意思表示をする際には、同時に顧問契約締結の提案も行っており、原告もこれを前向きに受けとめていたことなど、先に認定した原告の雇用及び本件解雇に至る経緯からすれば、本件解雇をもって解雇権の濫用ということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  なお、原告は、被告の就業規則は、従業員の代表としての資格を欠く者の意見書を添付して届け出られており、労働基準法九〇条に違反して無効である旨主張するが、従業員の意見の聴取手続について同条の規定に違反するとしても、そのことから直ちに就業規則の効力を失わせるものではないと解すべきであるから、原告の右主張は採用できない。

5  そうすると、その余の主張について判断するまでもなく、本件解雇は有効であると解すべく、その無効であることを前提とする原告の被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び平成八年四月以降の毎月の賃金の支払を求める請求は、いずれも理由がない。

二  平成七年冬季賞与の請求について

(書証略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告が被告に雇用されるに際し、原、被告間に、原告の年間賞与について基本給と役付手当の合計額の四・五か月分(夏二か月分、冬二・五か月分)を支給する旨の合意が成立したことが認められる。

ところが、(証拠略)によれば、被告は、平成七年冬季の賞与について、会社の業績等に鑑み平均支給率を二か月分と決定し、これを基準として各従業員の勤務評価に従い、プラス・マイナス〇・四か月分の範囲で査定した結果、原告に対しては、一・六か月分の九七万六〇〇〇円が同年一二月八日に支給されたことが認められる。しかしながら、原告が被告に雇用されるに際して年間賞与について一定月分を支給するという合意が成立したことは、右に認定したとおりであるところ、被告が原告に対し、右の合意にかかわらず、賞与は会社の業績や従業員の勤務成績等に応じて増減するものであることを予め周知させていたことの主張、立証はないから、原告がその減額に応じて承諾しない以上、被告の一方的な取扱いにより当然に減額されるものではないといわざるを得ない。

そして、原告の当時の基本給が四九万九八〇〇円、役付手当が一一万円であったことは、当事者間に争いがなく、その合計額六〇万九八〇〇円の二・五か月分は一五二万四五〇〇円となり、これから既払額九七万六〇〇〇円を控除した残額五四万八五〇〇円の支払を求める原告の請求は理由がある。

三  結論

以上のとおり、原告の本件請求のうち、平成七年冬季賞与の残額の支払を求める請求は理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成九年一二月二二日)

(裁判官 萩尾保繁)

(別紙)

(解雇)

第一七条 社員が次の各号の一に該当するときは解雇する。

(1) 会社が賞罰委員会の議を経て解雇ときめたとき。

(2) 心身の障害のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えられないと認めたとき。

(3) 仕事の能力が甚だしく劣るか、又は甚だしく職務に怠慢で担当業務をはたし得ないと認めたとき。

(4) 正当な理由がなく配置転換を拒んだとき。

(5) 職制の改正、経営の簡素化、事業の縮小、廃止等により剰員となったとき、その他、やむを得ない経営上の都合によるとき。

(6) その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき。

(解雇の予告)

第一八条 前条1号については、予告せず解雇する。第2号乃至第5号の理由により解雇する場合は三〇日前に本人に予告する。

<2> 第2号乃至第6号のもので予告しない場合は、三〇日分の平均賃金を予告手当として支給する。

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